
【哲学を学ぶ人へ!おすすめ本・新刊本紹介】佐藤優『神学の思考 キリスト教とは何か』(平凡社ライブラリー)
入門レベル:★★★★☆
汎用性(使いやすさ):★★★★★
知的興奮度:★★★☆☆
哲学の古典的な本を読んでいてよく見かけるのが、聖書から取られた一節や言い回し、あるいは示唆や比喩ではないでしょうか。おそらく、ヨーロッパの人びと、キリスト教圏の人びとにとっては常識的な知識であっても、わたしたちのような非ヨーロッパ人、非キリスト教圏の人間にとっては直観的に理解しがたいものが多く、かといって、独力で勉強しようとなると大量の関連書を読まなければならず、そもそも、大著の聖書(旧約聖書+新約聖書)を通読するのはなかなか困難なことです。
本書、佐藤優『神学の思考』(平凡社ライブラリー)は、まさに、キリスト教への関心はあるけれど、専門的知識をもたない非キリスト教徒の人たち(つまりわたしたち)を対象読者とし、キリスト教のエッセンスを伝えることを目的として書かれています。
本書では、キリスト教神学を構成する神論、創造論、人間論、キリスト論を解説する構成をとっています。各論において、非キリスト教者のわたしたちがキリスト教に対して持つであろう問い、「三一論(三位一体)とは何なのか」、「なぜ神が作ったこの世界に悪が存在するのか」、「神はなぜ男と女を作ったのか」、「人間はなぜ結婚するのか」、「イエス・キリストとは何者なのか」といったことについて、カトリック神学とプロテスタント神学両方の観点から明確に答えられるとともに、単にキリスト教ではこう考えるということではなく、どのようなロジックで議論が成り立っているのかについて綿密に説明されています。
たとえば、結婚について、カトリック教会や正教会では、サクラメント(イエス・キリストによって定められた救済を保証する儀式)とされるのに対して、プロテスタント教会はそうではありません。そのため、カトリックでは離婚は原則禁止とされますが、プロテスタントでは離婚を奨励はしないが禁止もしないという違いが生まれます。また、プロテスタントにおいては、結婚はあくまでも人間的な事柄であると考えられているのだと著者は述べます。そこから、プロテスタント神学の立場から、結婚ならびに結婚しないことのいずれもを神の使命であり、人間の自由の実現であると考え、パウロの終末論的自由観を現代によみがえらせたカール・バルトの議論が検討される箇所はきわめてスリリングです。
さらに、バルトの結婚観には、バルトの生涯の秘書となり、結婚することなく神学的伴侶となったキルシュバウムとの親密な関係、そして、経済的に彼女を従属させることで結果的に彼女を搾取していたバルトの倫理観に対して、著者の批判的疑義が展開される部分はきわめて興味深いものがあります。
著者の佐藤優氏といえば、これまでに多くの教養書や政治・経済についての一般書を書かれています。本書では、こうした一般向けに書いた本もすべて、キリストによる救済を人々に伝えるべく書かれたものであると主張されるとともに、キリスト教徒にしか伝わらない論理や言葉を用いる神学者の怠慢が批判されます。
本書は、わたしたちのような非キリスト教徒が、カール・バルトをはじめとする現代神学の観点をふまえながら、キリスト教のエッセンスを知ることができる良著です。聖書だけでなく、さまざまなテキストからの抜粋も多く記載されており、そこに記述されている現代神学の議論を詳細に追うのは一定の読者にとってはなかなか困難かもしれませんが、より本格的に学びたい人にとってはブックガイドとしても役立つのではないでしょうか。

